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リンゴスター

リンゴスター 1940年7月7日生まれ


 ボーカル&ドラムス
 ピアノ、ボンゴ...etc







■リンゴ・スター誕生
 1940年7月7日、リンゴは、リバプールでもっとも柄の悪い地区といわれるディングル地区の自宅で、午前0時すぎに、父リチャードと母エルシーの間に生まれた。父親と同じ名前「リチャード・スターキー」と名付けられた。

■一年間の入院生活
 リンゴは、小学校に入ってから盲腸炎で入院。こじらせて腹膜炎を併発し、児童病院で手術をうけた。回復は早かったのだが、隣のベットの少年にバースデーカードを見せようとして、ベットから転落。 結局・・・1年以上病院で過ごすこととなった。
 退院して復学しても、授業についていけずに、ズル休みの常習犯となる。

■ディングル・ヴェイル中学時代
 中学になっても成績は悪かった。補習授業を受けるための特別クラスでも試験に落ちてしまう。 母にもらった昼食代でよく映画に行ってたそうである。
 13歳の時に、肺炎で再び入院。。。もはや学校の誰からも、リンゴは相手にされなくなってしまった。

■職業を転々と・・・
 バーテンダー、工員見習・・・etcと、職を転々としたが、どれも上手くはいかなかったリンゴは、15歳の時に買ってもらった中古のドラムを叩く事だけが生きがいだった。
 17歳の時に、祖父から100ポンド借りて新品のドラムセットを買い、リンゴは、仕事そっちのけで、ドラムに没頭していく。
■リバプールNo.1のドラマー
 リンゴは、「ロリーストーム&ハリケーンズ」というバンドに参加。勤めをやめ、音楽のみで生活していくと決意する。
 ビートルズと出合った時のリンゴは、すでにリバプールではトップのドラマーであり、どのバンドもリンゴを欲しがっていた。

■ビートル最後の加入者
 リンゴは、デビュー曲「ラブ・ミー・ドゥ」のレコーディング直前にビートルズに加入する事となった。デビューするにあたり、ジョン、ポール、ジョージは、やはりリンゴのドラムが欲しかったのであろう。直前まで、ビートルズのドラム担当だったピート・ベストには、まったくかわいそうな話であるが。。。
 リンゴは、特に、めだって派手な事をやるドラマーではないが、彼のドラムはビートルズ・サウンドにはなくてはならないものである。彼の感性・・・彼の叩くドラム自体が、曲をビートルズサウンドに作り上げている・・・と言っても過言ではない。

■ファンと結婚
 リンゴはビートルズ加入直後にモーリンと交際。のちに結婚する。ビートルズのデビュー直前のドラマー交代をめぐる騒動で、ファンが2派に別れた時に、リンゴ応援の中心にいたのがモーリンだった。 しかし75年に離婚。のちに映画で共演したバーバラ・バックと再婚する。。。 
リンゴ

    

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