|
|
|||||||
|
| HOME>ジョン・レノン | |||||||
1940年10月9日、イギリス港町リバプール、ドイツ軍による激しい戦火の中で、ジョンレノンは生まれた。船員だった父フレッドは、航海中で不在・・・そのまま音信不通となり、母ジュリアは他の男と暮らし始める。結局ジョンを育てる事になったのは、ジュリアの姉のミミ・スミス夫妻だった。 ■クオーリバンク中学時代 ジョンは、典型的なテディーボーイだった。リーゼントに細身のズボン、黒ジャケットが、おきまりの服装だった。学校でもワルで、いつでも喧嘩ばかり・・・。入学当初はトップクラスだった成績も3年生になる頃には、成績は最低にまで落ちこんだ。 ■ロックン・ロールに目覚める 喧嘩にあけくれていた問題児ジョンは、イギリスに押し寄せてきたロックンロールにより音楽に目覚める。 必死でジョンを立派に育てようとするミミおばさんをきらい・・・次第にジョンは、自由奔放な性格の実母ジュリアと、会うようになった。 実母ジュリアは、ジョンに10ポンドの中古のギターを買い与え、バンジョーのコードをジョンに教える。 バンジョーのコードで、ギターをかき鳴らしていたジョンは、やがて「クオーリメン」を結成し、いろんな場所で演奏する。 後にポールと運命的な出会いをする事となる。 |
■ビートルズのリーダー ジョンは、まぎれもなくビートルズの創設者であり、名実ともにビートルズのリーダーであった。 ジョンの作った心に訴えかける曲の数々。そして、心に染み込んでくるボーカル、ピアノ、ハーモニカ・・・etc。ビートルズに彼の存在がなければ、ビートルズは、まったくアクのない、ありふれたポップスバンドとして終わっていたのかもしれない。まさに、ジョンはビートルズの真髄を支えていたリーダーであった。 ■ジョンとシンシア ジョンは、有名なヨーコとの結婚の前に、1人の女性と結婚し子供も一人もうけている。美術学校在学中に知り合ったシンシアである。ビートルズの苦難の時代からデビュー後も、影となりジョンを精神的にも支えていた女性である。 二人の間の子供はジュリアン・レノン(後にミュージシャンとしてデビュー)である。 ■ジョンとヨーコ ヨーコは、前衛芸術家としてその名を知られていた女性であった。1966年11月9日ロンドンでのヨーコの個展開催の前日に、ジョンが会場に足を運んだことが、二人の運命的な出会いとなる。 ビートルズの中での自分の心を失いかけていた時に、ジョンの心の支えとなったのはヨーコの存在であった。 ビートルズ解散後には、ジョンとヨーコは、積極的に平和活動を展開していく。 二人の間に、ショーンをもうけると、ジョンは主夫宣言をし子育てに専念。音楽活動を休止する。 ■自宅前で・・・ 1980年12月8日、音楽活動再開直後に、ニューヨークの自宅ダコタハウス前で、ジョンの狂信的なファン「マーク・チャップマン」から射殺される。。。
|
||
|
|
| | サイトについて | | サイトマップ | | 参考文献 | |
|
|
