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 はじめに

 1962
 1963 前半
 1963 後半
 1964 前半
 1964 後半
 1965 前半
 1965 後半
 1966 前半
 1966 後半
 1967 前半
 1967 後半
 1968 前半
 1968 後半
 1969 前半
 1969 後半
 1970

 おわりに


 7月〜12月
シングル「HELP! / I'M DOWN」発売 (7/23)
アルバム『HELP!』発売 (8/6)
シングル「WE CAN WORK IT OUT / DAY TRIPPER」発売 (12/3)
アルバム『RUBBER SOUL』発売 (12/3)

 巨大化されるコンサート

シェア・スタジアム 1965年後半のビートルズは、ヨーロッパ、アメリカ、イギリスでの大規模コンサートツアーを行う。

 この頃になると、ビートルズのTV、ラジオ出演は極端に減り、’64年までに多用された単発での小規模コンサートは、ほとんど姿を消すことになった。
 ビートルズのファンは、地理的にも世界中に広がっていた。小さな会場を点々と移動していくことは、体力的な問題はもちろん、ビートルズの音楽製作の時間を確保する為にも不可能なこととなってきた。

 ビートルズのコンサートは、大きな会場に大人数を集めて一度に見てもらう。。。というように、効率的に行うしか、方法がなくなってきてしまった。


 伝説のシェア・スタジアム公演

 巨大化されたコンサートの頂点と言えるものが、’65年8月15日にニューヨークのシェア・スタジアムで行われたコンサートであった。シェア・スタジアム
 
 今では、野球場でのコンサートはめずらしいことではないが、当時は画期的なことであった。。。もちろん、ビートルズは野球場でコンサートをした初めてのバンドである。

 56000人の大観衆を集めた、この音楽史上初の巨大コンサートは、映画化までされた。

 しかし、当時の貧弱な音響設備と、観客の想像を絶する大絶叫の中では、ビートルズの演奏が観客に聴こえるはずがなかった。
 ある批評家は、「ところどころにビートルズの音楽が聞こえる40分間の大絶叫の連続を聴く為に、観客はお金を払っている」とビートルズのコンサートを評した。。。

 しかし、多数のファンに言わせれば・・・、ビートルズの演奏が聴こえる聴こえないは、さほど問題ではなく、ビートルズを体験するために彼らのコンサートに行っていたのである。 
 当時のジョンは「ビートルズを聴きたければレコードを、見たければコンサートに来ればいい」とさえ語っていた。


 巨大コンサートゆえに。。。

ビートルマニア この時期以降のビートルズのライブは、大きな会場の無いイギリスを除いて、可能な限りの大規模なコンサート会場が使用された。

 この年のアメリカ・ツアーでは、10都市11日間で50万人の観客動員数を記録。フランス、スペイン、イタリアの3カ国8都市でのコンサートも10万人の観客が動員されている。

 巨大な会場に集められた大観衆の声援は、想像を絶するほどの凄まじいものであった。観客には彼らの演奏は聴こえない。。。ビートルズ自身も自分たちの演奏が、歓声にかき消され聴こえない・・・。という異常な状況に、ビートルズ自身、自分たちの音楽を表現する場であるはずのコンサート活動に疑問を持ちはじめてきた。


 伝説のヒーローとの出会い

エルビス ビートルズは、アメリカ・ツアー中の8月27日、彼らの長年のヒーローであったエルビス・プレスリーに会うために、L.A.のビバリー・ヒルズにあるプレスリーの自宅へ、リムジンに乗りこみ出かける。
 ジョンは、『映画にばかり出演しているのは許せなかったけど、セッションもしたし楽しかったよ』と語っている。
 ポールは、本物のエルビスに会って『エルビスにそっくりだった』と語る(^^;

 「エルビスは、CIAとの関わり?で『ビートルズは若者に悪影響を与える』という理由で、ビートルズをアメリカから追い出そうとしていた」。。。。という事実を、彼らは後に知ることとなる。 
 リンゴは、そのことについて、『寂しい気持ちがした』と語っている。


    


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