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 INDEX

 はじめに

 1962
 1963 前半
 1963 後半
 1964 前半
 1964 後半
 1965 前半
 1965 後半
 1966 前半
 1966 後半
 1967 前半
 1967 後半
 1968 前半
 1968 後半
 1969 前半
 1969 後半
 1970

 おわりに

1965
 1月〜6月
シングル「TICKET TO RIDE / YES IT IS」発売 (4/9)

 「HELP!」はジョンの心の叫びだった

help! 1965年の前半は、アルバム『HELP!』の収録と同名映画『HELP!』の撮影に明け暮れた時期であった。
 映画のロケは、イギリス以外に、オーストラリアバハマでも行われ、コンサートとレコーディングの毎日に明け暮れていたビートルズには、ちょっとした息抜きになったのかもしれない。
 ロケの合間に暇を見つけては曲を作ったり、自分たちの将来についても語り合っていたという。

 アルバムおよび映画のタイトル曲でもある「HELP!」は、ジョンが主に作っているが、ジョンはこの曲について、後日次のようなコメントを残している。。。

『ほとんどの人はあの曲を、単にテンポの速いロック・ミュージックだと思っている。。。でも、僕はあの当時、自分の心の中が分からなかったんだ。僕はあの曲で本当に助けを求めて叫んでいたんだ。』

当時のジョンは、世界のトップ・スターの位置にあり、すべてが順調に進んでいたこの時期に、言葉には出来ない何かの矛盾を感じとっていたのだ。


 MBE授与での大騒動

MBE勲章授与 1965年6月11日に、ビートルズは外貨獲得に大きく貢献したという理由で、MBE(メンバー・オブ・ブリティッシュ・エンパイア)勲章が授与されることが発表された。
 推挙したのは、当時のイギリス首相のハロルド・ウイルソン。決裁したのはエリザベス女王であった。

 ビートルズの叙勲の報道が流れると、それまですでに勲章をもらっていた老軍人の中に、「たかがロック・バンドごときにやるような勲章はいらない!!」と勲章をバッキンガム宮殿に送り返すものまであらわれた。

 それに対してジョンは・・・

『多くの叙勲者は、戦争でたくさんの人を殺したことで栄誉を得ている。音楽で世界中のたくさんの人を楽しませて、僕たちは勲章をもらうんだ。どちらが正しいか分かるだろう?』

 と反論した。

MBE 結局、10月26日に、ビートルズは、バッキンガム宮殿で、エリザべス女王からMBE勲章を授与されたが・・・、ビートルズにとって、勲章授与はさほど大した意味は持たず。。。ポールにいたっては、MBE勲章を「Mr. Brian Epstain」になぞらえて、「マネージャーのエプスタインこそ勲章をもらうべき人物だ」と発言した(^^;。。。

 勲章を授与したビートルズであったが、同年11月8日に行われた、皇室恒例のチャリティ・ショー「ロイヤル・バラエティ・ショー」の出演を辞退し、そのことも大きな物議をかもしだした。

 ジョンは、4年後の1969年11月26日に、イギリスのナイジェリアへの干渉へ抗議し、MBE勲章を返上する。


    


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