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デビューからわずか1年の1963年に、すでにビートルズはイギリス全土およびヨーロッパ各国で大成功を収めていた。しかし、マネージャーのブライアン・エプスタインやビートルズは、それで満足するはずはなかった。やはり世界最大の市場であるアメリカで、成功を収めることこそが当面の真の目的であった。 アメリカのジャズのマイナー・レーベル(ヴィ.ジェイ.レコード)から、すでにアメリカ国内で発売されていたアルバム『INTRODUCING THE BEATLES』が、まったくヒットしなかったことに、マネージャのブライアンは、マイナー・レーベルの限界を感じ、メジャー大手のレコード会社のキャピトルと契約するためにアメリカへと向かった。 ビートルズのイギリスでの大ヒットを目の当たりにし...デビュー当時はビートルズの存在をまったく相手にしていなかったアメリカ大手のレコード会社のキャピトルも、ついにビートルズとのレコード発売の契約を承諾した。。。(当時はイギリスのミュージシャンがアメリカで成功することなど、まったく考えられない時代だったので、初めのうちキャピトルがビートルズを無視していたのは当然の事であった。) ![]() エプスタインおよびキャピトルは、5万ドルの宣伝費を使い、ビートルズのアメリカでのデビュー・シングル「I Want To Hold Your Hand(抱きしめたい)」を発売する。1月14日にアメリカ発売されたこの曲は、発売後1週間で80万枚、4週間で250万枚を売り、2月1日には『ビルボード』紙のシングル・チャートの1位に登りつめた。 ちなみに・・・アメリカでのデビュー・アルバム『Meet The Beatles』は1月20日に発売され2月15日付けの『ビルボード』紙で1位になり、17週連続で1位の座を保った。 2月7日、キャピトルからのアメリカでのデビュー・シングル「抱きしめたい」が記録的大ヒットの中、ビートルズはニューヨークのケネディ空港に降り立った。 空港には1万人にもおよぶファンとマスコミ関係者が押し寄せビートルズを迎えた。 アメリカに上陸したビートルズは、アメリカで大人気のTVショウ『エド・サリバン・ショー』に出演する。2月9日の放送では、なんと視聴率72%という驚異的な記録をはじき出す。 ビートルズが演奏していた10分間には、あのニューヨークで青少年の犯罪が一件も発生しなかったというエピソードまでも生まれた。 この日こそが、アメリカ中の人々が、動くビートルズを目撃し体験した初めての日になったのである。 ビートルズ出演のエドサリバン・ショウは、2月9日、16日、23日の計3回。2月23日放映分は、2月9日に同時に収録されたものである。 2月16日のものは、マイアミのホテルでの「お客さんを入れたコンサート形式のショウ」の模様が放映された。 『エド・サリバン・ショー』出演の他に、ビートルズは、アメリカの2つの会場でコンサートを行った。2月11日には、ワシントンD.C.コロシアムで、初の野外コンサートを行う。 翌日2月12日には、クラシック音楽の殿堂であるカーネギー・ホールでの演奏を実現させた。 カーネギー・ホールは、ビートルズの実態を知らずに彼らのコンサートの使用を許可したが、そのおかげでクラシックを聴かない若者たちにも、その名前を知られるところとなった。 クラシックの殿堂であるカーネギー・ホールが、若者の大絶叫に包みこまれ、ジェリー・ビーンズが雨あられの様に、会場に飛び交うこととなったのは、後にも先にもこの時だけであった。(写真はワシントンD.C.コロシアム)。 アメリカに上陸したビートルズの勢いは止まらず。。。なんと、4月4日付けの『ビルボード』紙のシングル・チャートでは、1位〜5位までの上位5曲のすべてがビートルズの曲で埋め尽くされた(^^;。 この記録は、後にも先にも当然の事ながら破られることはない異常な記録であり。。。当時の異常ともいえるビートルズ旋風を如実に表している。 ちなみに、その記念すべき5曲とは… 1位「Can't Buy Me Love」 2位「Twist And Shout」 3位「She Loves You」 4位「I want To Hold Your Hand(抱きしめたい)」 5位「Please Please Me」 ビートルズは、アメリカ上陸の後の、6月4日から6月29日までの間、初の世界ツアーをデンマーク、オランダ、香港、オーストラリア、ニュージーランドと回りおこなった。リンゴは、初のワールド・ツアー直前の6月3日に体調を壊し、12日のオーストラリア公演で合流するまで、ロンドンで入院することとなった。。。そのため…リンゴのドラムの代役としてジミー・ニコルがツアーに同行し、コンサートをサポートした。 リンゴがツアーに合流したオーストラリアのアデレイドでは、30万人以上のファンが押しかけ、リンゴの復帰を歓迎した。 |
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