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レコード会社と契約…そしてジョージ・マーティンとの出会い
デッカのオーディションに失敗の後、ビートルズ・マネージャーのエプスタインは、次のチャンスを探しロンドンを駆け回っていた。
そして、2度目のチャンスは意外に早く...そして偶然に訪れた。
エプスタインは、デッカ・オーディションのテープを、ビートルズ宣伝用のサンプル・レコードにするために、HMVレコードに訪れる。
そこにいたエンジニアが、階上にあるEMI系列の出版社に話を持ち込んでくれたのだ。
話はトントン拍子に進み、パーラフォン・レコードのプロデューサーであったジョージ・マーティンが紹介された。
ジョージ・マーティンは、ロック・バンドには精通していなかったが、ポールの歌とジョージのギターに興味を示し、ビートルズをオーディションする事に決める。
デッカ・オーディションの落選で落ち込みながらもハンブルグ巡業に出かけていたビートルズに、この知らせが届いたのは’62年5月9日のことであった。
ハンブルグ巡業から帰ってきたビートルズは、’62年6月6日にアビー・ロード・スタジオで、オーディションを受けることになった。
彼らは、ジョージ・マーティンの前で、レパートリーを6曲演奏する。
オーディションの結果、ジョージ・マーティンは、ピートのドラムを除いて彼らの演奏に満足した。
そしてついに、’62年7月1日に、ビートルズはオーディション合格の通知を受け取る。
’62年7月30日に、マネージャーのエプスタインはEMIのパーラフォン・レーベルとビートルズのレコーディング契約書にサインする。
音楽プロデューサーであるジョージ・マーティンは、その後ビートルズのサウンド作りに無くてはならない、5人目のビートルズ的な存在となるのである。
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