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世紀のミス・ジャッジ
エプスタインは、彼らをレコードデビューさせることに全力を注いだ。
彼は、北部最大のレコード店経営者である事を最大限に生かして、デッカ・レコードにライナー・ノーツを書いていた『リバプール・イヴニング・エコー』紙のトニー・バーロウの推薦をとりつけ、デッカ・レコードのオーディションのチャンスを手に入れた。
1962年1月1日、ビートルズは初めて本格的なオーディションを受ける。
結果は不採用。。。。
「ビートルズのようなギターバンドは時代遅れで、既存バンドの模倣にすぎない」が理由であった。
『オーディションを受けるまで、レコード業界の大物がチャンスさえくれれば、僕らは成功すると考えていた。しかし実際にチャンスが与えられ...失敗した時はショックだった。僕らの音楽に足りないものは何なのか・・・みんなで真剣に話し合った。』(ジョージの回想)
しかし…間違っていたのは、このときのデッカ・レコードのジャッジの方であった。
まさに、このオーディションは世紀のミス・ジャッジとなってしまったのだ。。。
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