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毎日8時間のステージ
ジョン、ポール、ジョージ、スチュ、ピートの5人となったビートルズは、リバプールのナイトクラブの経営者アラン・ウイリアムズの斡旋で、’60年8月16日からドイツのハンブルグへ行く事になる。
彼らは、ハンブルグの、”インドラ・クラブ”で、1週間に7日(つまり毎日(^^;)、1日8時間の演奏をする事となる。
しかし2ヵ月後に”インドラ・クラブ”は閉鎖され、ビートルズは”カイザー・ケラー”に出演する事となる。
ビートルズの人気は日増しに上がっていった。中でも、ポールが一番の人気だったという。
カイザー・ケラーには、ビートルズの他に、ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズが出演していた。このバンドのドラマーこそが、後にビートルズのドラマーとなるリンゴ・スターである。
リンゴはビートルズのステージをいつも見ており、ビートルズとリンゴは、この時期に初めて出会うこととなる。
『18歳未満は夜間のクラブへの立ち入りを禁止する』という法律を破っていた当時17歳のジョージが、国外退去を命じられリバプールに戻る。
カイザー・ケラーよりも格上の”トップ・テン”での出演が決まっていた彼らであったが、’60年の11月にポールとピートが、寝泊りしていた映画館の屋根裏でボヤ騒ぎを起こし、彼らが労働許可書を持ってなかったことが発覚(^^;。。。国外退去処分となり、リバプールへ戻る。。。
やがて、ジョンもスチュもリバプールへと戻ることとなる。
憧れの”トップ・テン”での彼らの演奏は、たった一晩だけで終わってしまった。
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